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国民葬とは?国葬との違いや過去に行われた事例の紹介

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終活アドバイザー「鈴木」
鈴木
国民葬とは、国に対して『功績を残した人』に国費を使って行う葬儀です。現在では国葬と国民葬に大きな違いはなく、国民葬を行う基準というのは国ごとに異なります。それでは国民葬で、これまでにどのような葬儀が行われてきたのか、国葬との関係などもご説明します。

国民葬とは?意味や国葬との違いについて

国民葬は国に対して功績を残した人に、国の儀式という名目で国費を使って行われる葬儀です。

国民葬は国によって基準が異なります。

国民葬と国葬の歴史

国民葬と国葬という2つの葬儀の方法があり、名前が似ているので同じものだと思われることもあります。

しかし2つの葬儀は異なる意味を持っていました。

また戦前と戦後に、どのような国民葬と国葬が行われたのか歴史を振り返りましょう。

戦前であれば、岩倉具視や有栖川宮熾仁親王、伊藤博文などが国葬されています。戦後では、内閣総理大臣の吉田茂が唯一国葬された人物となります。

国民葬は戦前に内閣総理大臣の大隈重信に対して行われています。また戦後であれば、内閣総理大臣だった佐藤栄作も国民葬を行っています。

これが国民葬の唯一の歴史です。

それでは、国民葬と国葬にはどんな違いがあるのでしょうか。

国民葬と国葬の違い

戦前には国葬令や勅令に基づいて、皇族や大臣などに対して『国葬』が行われていました。

大将15年以降は国葬法に基づいて国葬を行っており、戦後には国葬法が廃止となりました。

国葬は葬儀費用のすべてが支給されるので、法的な根拠が必要です。そして根拠により誰が選ばれるのか?という部分も大きく影響します。

現在では、天皇の国事行為の大喪の礼を覗いて、国葬と国民葬に対する明確な違いはありません。

ただ国葬は全額を国費が負担していますが、国民葬では一部を負担するという差があります。ですから、どちらかを行うことになるのであれば、国民葬になる可能性が高いでしょう。

ただ、国民葬も現代で行うのはとても難しいとされています。ですから、内閣に政党を加え『合同葬』をするというのが一般的になります。

海外にも国民葬がある

日本だけではなく、海外にも国民葬は存在します。それでは、各国の国民葬について簡単にご紹介します。

<フランス>

フランスでは、国家に功労が合った人、大統領などが国葬の対象となります。

2017年には歌手のジョニー・アリディの葬儀が行われ、多くの人が集まって大合唱をしましたが、これは国民葬として行われています。

<アメリカ>

アメリカでは、大統領経験者や国に対して功績を残した軍人が国葬の対象となります。

国葬だけではなく、棺を議事堂に安置して、市民と別れを行う儀礼なども行われています。

ちなみに、ニクソン元大統領は国葬を辞退したのですが、図書館に棺を安置されるという処置がとられています。

ですから結局のところ、国民葬を行ったと言えるのです。

<イギリス>

国王や王族は国葬をすることになっていますが、王室の配偶者となる王妃、王太子妃などは国民葬をすることになります。

このように、各国でも国葬と国民葬が存在しているのですが、やはり明確な違いというものは見当たらないのが現状です。

<中華民国>

1919年に国葬法が制定された中華民国では、国家に対して特別な功績があった人物の葬儀を国葬として執り行っています。

初代中華民国総統の蔣介石元総統が1975年に死去した際の葬儀が国葬となったのは歴史的に見ても当然と言うべきですが、1995年にテレサテンが死去した際にも国葬として執り行われました。

棺は中華民国の国旗と国民党党旗で覆われ、世界中から3万人ものファンが押し寄せたと言われています。

<ブラジル>

ブラジルのF1レーサー、アイルトンセナの葬儀も国葬として執り行われました。

政府が国民に対して3日間の喪に服すと宣言したことからもわかるようにアイルトンセナはブラジルを代表する人物で、遺体を航空機でブラジルに搬送する際には貨物室ではなく客室を利用、棺はブラジル国旗で覆われていたそうです。

国葬の様子はテレビで生中継され、アイルトンセナの故郷では300万人もの人々が通りを埋め尽くした他、レース界の著名人が葬儀に参列し、セナの死を悼みました。

<ベトナム>

ベトナムでは基本的に共産党中央委員会書記長や国家主席の葬儀を国葬として執り行いますが、国家への多大な貢献があった場合は軍人などの葬儀を国葬として行うこともあります。

国葬、国民葬を執り行う国は少なくありませんが、中国のように国民葬に関する法律がない国、勘か国のように国葬と国民葬について明確に規定がある国、国民葬として葬儀が行われる人物についての規定が明確ではない国など様々です。

海外で国葬された日本人

日本国内で、いわゆる一般人が国葬されるということはありませんが、海外でその国に貢献した日本人が国葬されたという例はあります。

日本の外交官であり、国際法学者でもあった足立峰一郎氏は、国際平和に尽力した功績をたたえられてオランダで国葬が行われました。

また、ブータン農業の父と呼ばれた西岡京治氏が死去した際には、ブータン王室とブータン政府によって国葬が執り行われています。

過去に行われた吉田茂の国葬の流れ

戦後になると吉田茂の国葬が行われました。

1967年10月20日に大磯にある自宅で吉田茂は亡くなっています。

家族により、東京カテドラルにて葬儀が行われています。

その葬儀とは別に、遺骨となった吉田茂の国葬が日本武道館で行われました。

国葬は10月31日に行われています。

このとき、国葬法に拠っていたのですが、国葬法が廃止されている時代でした。しかし当時の内閣総理大臣である佐藤栄作が、とても強く国葬を熱望したので、特殊な葬儀を行うことになりました。

野党は国葬を反対していたのですが、宗教色をあまり出さないようにするという条件と、国民からの賛同により国葬を実施することが可能となりました。

ただ、吉田茂の国葬が戦後の国葬でたった1度の例となっています。

日本で国民葬はもう行われない

現在の憲法では、国による宗教行為を認めていません。

つまり、国が関わる国民葬は政教分離との関わりにより難しいと考えられます。

戦後に大統領だった吉田茂の国葬が行われ、佐藤栄作の国民葬が行われていますが、その後は国葬も国民葬も行われていません。

国葬と国民葬はもはや行われることがなくなり、『合同葬』という形になってきています。内閣と政党が合同で行う葬儀であり、総理大臣経験者のために合同葬が行われます。

ですから今後も国民葬ではなく合同葬として、功績を残した総理大臣経験者の葬儀が行われていくことでしょう。

国民葬は歴史上の出来事だと考えるべき

国民葬は歴史上でも行われた回数がとても少なく、現在では法律的に行うことは不可能だと考えていいでしょう。

国民葬という形ではなくとも、功績を残した人や称えるべき人がいれば、合同葬やお別れの会などで故人を偲ぶことができます。

そういった形で、故人とお別れをするのが一般的です。

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投稿日:2019年9月23日 更新日:

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